昭和4年(1929)に竹鼻(当時・栄町)-大須駅間の開通を祝った約80年前の看板 正木町岩田幸三氏が撮影した沿線の風景写真760点 
 
平成20年度 第2回企画展
企画展 竹鼻線沿線の移り変わり展

~写真でみる思い出の風景~ 開催にあたり 
                
 大正10年(1921年)6月、新笠松(今の西笠松)~栄町(今の竹鼻)間、7.7キロメートルが開業した。駅名は、新笠松(今の西笠松)、東須賀、東柳津、西柳津(今の柳津)、門間、南宿、須賀、不破一色、曲利、栄町(今の竹鼻)の10駅であった。  その後、昭和4年(1929年)4月、栄町(今の竹鼻)~大須間の8.4キロメートルが開業した。駅名は、栄町(今の竹鼻)、本覚寺前、竹鼻(今の羽島市役所前)、江吉良、牧野、長間、中区、沖、市之枝、美濃石田、正専寺前、八神、桑原、大須の14駅であった。その後、竹鼻鉄道株式会社は、昭和18年(1943年)3月、名古屋鉄道株式会社へ合併し名鉄竹鼻線となった。

  昭和30年代以降利用客は増加し、朝の出勤時は押すな押すなで、電車のガラスが割れたこともあったそうである。市民の通勤の足として、竹鼻線はなくてはならない重要な交通手段となっていた。 その後、自動車の普及と道路網の整備により、電車の利用客は減少の一途をたどり、時代の流れには勝てず、昭和57年(1982年)12月、新幹線岐阜羽島駅へつながったものの、江吉良~大須間は、平成13年(2001年)9月、多くの市民に惜しまれながら、70年余りの幕を閉じ廃線となった。

 さて、今回の企画展では、この竹鼻線の変遷の様子をつぶさにカメラで記録しておられた市内正木町在住の岩田幸三氏に絶大なる協力を頂いた。 岩田氏は長年羽島市役所に勤務され、市の要職に就かれた方である。
  従って、竹鼻線沿線の地理には一際詳しく、この市民に親しまれた竹鼻線の思い出を後世に残そうと現場に赴かれた。さらに、竹鼻線以外のかつての岐阜市内線、揖斐線、美濃町線など廃線となる路線も撮影されてきた。企画展では、竹鼻線関係のおよそ1700枚の写真の中から751枚をお借りして展示することが出来た。もはや、私たちには写真以外では見られない懐かしい建物や場所ばかりである。竹鼻線を利用された方はもちろんのこと、羽島市民には心に強く残る沿線風景の数々である。
 また、今回の展示では当時の竹鼻線で勤務されていた上中町小池信一氏から寄贈を受けた衣類や小道具や、竹鼻町小野木康雄氏の屋根裏から発見された「祝開通」とかかれた看板など珍しい資料を展示することが出来た

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